吉良 創園長お便り
こちらは、園だよりで掲載されている巻頭言です。
2022年6月号
『心地よい家としての身体』
人間の身体はとても精妙に作られています。神の意志とか宇宙の叡智によるものと言えるかもしれません。呼吸や心臓の鼓動をはじめとした身体の営みがうまく機能しているとき、私たちは身体の営みを感じないでいられます。よい状態でなくなったとき、バランスが崩れた時に、身体のことを感じるのです。例えば、喉が渇いた時に、喉が渇いたことを感じ、喉が潤っている時には、喉が潤っていることは感じなくてよいのです。また、歩く、走る、字を書く、手仕事、楽器の演奏などするときに、どのように身体を動かすかを意識してしまうと逆にうまくいかないことがあります。身についていることは、無意識にちゃんとできるのです。
身体の営みがうまくいっているとき、私たちは安心、安定していて、身体と結びついた「心地よさ」を感じます。身体の営みに対して覚醒していない状態におり、心や精神は身体から離れて、自由に活動することができるのです。
乳幼児の成長発達にとって、この身体と結びついた「心地よさ」はとても大切。遺伝によっていただいた身体という「家」に、その家の住人である「自我」が結びついていく時期である乳幼児期には、自分の「家」を心地よいと感じることは、健やかな身体を育ちの基盤となります。
誕生すると、子どもの自我は生まれたての小さな赤ちゃんの体に結びつき始めます。段階を追って身体諸器官はその機能とその形態を獲得していきます。赤ちゃんにとって身体は、自分の思い通りにならない重い存在で、最初は自分のものになっていませんが、だんだんと自分で自分の身体をコントロールできるようになり、いろいろな運動能力を獲得していきます。この身体と自我が結びついていくプロセスがうまくいくと、自分の体と心地よく結びつけるのです。癇癪や機嫌の悪さなどは、自分と自分の身体の結びつきの心地悪さによります。そして、この結びつきをよいものにするために必要なのが「リズム」です。
生きものには、その生きもの独自のリズムがあり、そのリズムは物質と精神を結びつけます。人間の場合、物質としての身体に精神としての自我を結びつけます。人間のリズムの代表的なものは心臓の鼓動と呼吸、そして子どもたちの生活のリズムや繰り返しです。体内のリズムが整っていくことにより、子どもの自我は身体と結びついていきます。そして生活の中のリズムと繰り返しはそれを促します。
生活にフォルムとリズムがあって繰り返されていくと、子どもは自分の生活している周りの世界に安心感、信頼感を持ちます。いつも同じであることは子どもたちを落ち着かせ、安心させます。そしていつも同じという外的な持続性を感じる体験は、「私はいつも私である」という内的持続性、精神的首尾一貫性を育てるのです。逆に、リズムや繰り返しがなく、刺激の強い覚醒させるようなものばかりの生活が続くと、自分と身体の結びつきは弱くなり、「心地よさ」を感じることは難しくなってしまいます。
自分の身体という「家」を「心地よい」と感じることは、精神的にも自分が自分であることを「心地よい」と感じることにつながっていきます。自分が自分であることを当たり前に「心地よく」感じることができることは、大人も子どもも、その人の人生に大きな意味を持ちます。