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026年7月号

 

『七夕の願いごと』

 私が南沢シュタイナー子ども園でクラス担任をしていた頃、子どもたちと和紙を染めて七夕の飾りや短冊を作ったりしたのを思い出します。願いごとを聞いて書いてあげていましたが、年少児にはまだ、願いごとを言えない、決められない子どもも何人かいました。その時は、私はその子どもの名前を短冊に書いていました。

 

 「みちこ」「ゆうき」「めぐみ」「しょう」、名前だけを書きました。「みちこ」ちゃんが「みちこ」として輝くこと、「ゆうき」くんが本当の「ゆうき」になっていくことが、その子どもの大きな願いごとだと考えたからです。もちろんその願いごとを子ども自身が意識することはありませんが。

 

 「みちこ」ちゃんは「めぐみ」ちゃんには成れません。「めぐみ」 ちゃんのようにではなく、よりよい「みちこ」ちゃんに成長し、輝くことが、育っていく道のりであり、目標でないかと思います。

 

 「みちこ」ちゃんは一生の間、「みちこ」であり続けます。他の人には成れません。当たり前のことですが、タンポポの種はどこに落ちても、タンポポであり続けます。しかし、種の落ちた場所によって育ち方は異なります。石畳の隙間に落ちて人に踏まれながらも花を咲かすタンポポ、柔らかな土に落ちて立派に育つタンポポ、環境が違うと育ち方は大きく変わりますが、タンポポであり続け、他の植物になることはありません。

 

 子どもたちは、よりよい自分に育っていける環境を必要としています。親、家庭、保育士、保育園、そして社会の課題は、その環境を用意すること。子どもの傍らにいる私たちも子どもがよりよい自分になっていくことを促す環境の一部になれたらと思います。一人ひとりの子どもが、その人ならではの輝きを持って育ち、生きていけるように。

 

 滝山しおん保育園の子どもの短冊の願いごとで、忘れられない願いごとがあります。その短冊には「何になりたい」、「何が欲しい」といった願いごとでなく、その子の今の本当の願いが書かれていました。

 

026年6月号

 

『子どもへの言葉かけのヒント』

 

 子どもに何かを言うとき、文章の最後のトーンが上がり、「?」が着いていませんか? たとえば、「そろそろ片付けようか?」「お手伝いしてくれる?」というように、子どもにお伺いを立てる感じです。でも、語尾を上げて質問文にしてしまうと、それに対して、子どもはかなりの確率で同じ答えをします。「片付けようか?」「いやだ、片付けない!」「お手伝いしてくれる?」「いやだ、お手伝いしない!」

 

 しかし、その時の子どもの様子を見ていると、本当に片付けたくないのか、お手伝いしたくないのかというと、そうでもないのです。疑問文は多くの場合「ノー」という答えの誘導尋問になってしまいます。しかし一端「ノー」と言ってしまうと、発せられた「ノー」という言葉が力を持ち始め、その言葉に伴う感情が生まれてしまいます。言葉には力があります。

 

 子ども達に何かを伝えるとき、疑問文ではなく、そして命令文でもなく、何をしたらいいかをそのまま伝えるとよいです。たとえば、「お片付け。」「お皿を流しに持って行っていいよ。」というように。片付ける必要があるので「片付ようか?」と聞くわけですが、ちょっと意識して、語尾を上げて疑問文にするのでなく、「。」で終わる文章で伝えてみましょう。意外と子どもにサッと伝わるものです。

 

 何かを止めさせたいのであれば、「おしまい。」とだけ言うのもよいです。理由を言わない方が乳幼児には伝わるのです。必要としているのは「Why」よりも「WhatとHow」。具体的に何をしたらよいのか、どうしたらよいのか簡潔に伝えます。「こうこうだから、そうしてはいけません!」は、子どもには一番伝わりにくいのです。これでは何をしたらよいかが伝わりません。子どもに伝えない「Why」は、私たち大人はちゃんと知っていることは大切なのです。

 

 今すべきことを具体的に簡潔に伝えていくと、子どもとの言葉のやりとりはシンプルになり、きちんと伝わるようになっていきます。いろいろな理由、説明や、大人の感想や感情の押しつけは、子どもには伝わらないことの方が多いものです。

 

 乳幼児にお伺いをたてることは、主体性を育てることにはなりません。親や教師がその子が今なすべきよいことを、子どものために真摯に考えて決めてあげることは、子どもを支配することではなく、大人がちゃんと決めてくれることで安心し、大人との信頼関係も生まれ、健やかに育つことを促します。大人からのお伺いに答えようとすると、それにより乳幼児の未成熟な自分意識を早期に覚醒させ、その結果、自分自身でコントロールできない自己感情大きくなり、文字通り「わがまま」になってしまいます。

026年5月号

 

『ご機嫌いかが?』

 

 子どもたちが機嫌よく過ごしている姿は、とても素敵です。機嫌のよい子どもは、よく遊びます。ひとり遊びでも他の子どもとの遊びでも、自らその遊びに没頭し楽しんでいます。その際の真剣な顔つきにも笑顔にも、その子らしい光が輝いています。変にハイな状態で空騒ぎするのではなく、子どもなりにバランスが取れている状態で、転んだり、喧嘩したりしても、そこから自分で解決し折り合いをつけて、次に進んでいくことができます。

 

 人間の社会や生活の中では、他の人との付き合いを始め、いろいろなことがありますから、いつも機嫌よく過ごすことはできません。いつも機嫌がよくなければならないのではありませんが、機嫌よく過ごすことが生活の大きな部分を占めたら、自分も家族も職場も社会もよい状態、健康な状態になると思います。

 

 子どもの傍らにいる大人は、子どもにいろいろな影響を及ぼしています。私たちの機嫌も伝わっていきます。機嫌が悪いとき、例えばイライラしていると、そのイライラが子どもに伝わっていきます。機嫌よく過ごしているとき、その機嫌のよさが子どもに伝わっていきます。乳幼児の場合は、伝わるというより、大人と一心同体のような在り方をしているので、機嫌の悪さがそのままコピーされる感じです。

 

 私たちの機嫌が悪いとき、子どもたちが何かをやらかしたら、すぐにイライラしてしまいます。それが伝わると、子どもの機嫌も悪くなってしまいます。どう機嫌が悪くなるかにはその子どもの個性が現れます。反対に私たちの機嫌がよいときは、子どもが何かをやらかしてもイライラせずに、その子どもを受け入れ、必要な対応をすることができるでしょう。

 

 そこで大切なのは、自分の機嫌がよいか悪いかに気づくこと。特に機嫌が悪い、イライラしている、ことを把握できると、その機嫌の悪さを子どもに無意識にぶつけてしまわないですみます。これは、自分のことを客観的に見る視点を持つことによってこそ可能になります。

 

 以前、保育専門学校で、就職活動を始める学生に「保育士として働くための心構え」について話をしたことがありました。そこでは、子どもの傍らに立つ人に先ず大切なのは、身体も、心(感情)も、精神的にも健康、よい状態であることと話しました。私たちの健康でよい状態だと、その機嫌のよさが、子どもに伝わるのです。そのような大人の傍らで、子どもたちは機嫌よく健やかに育っていくことができます。また機嫌のよい人が集う場は、家庭でも保育園でも職場でも、そこに集うことによって、機嫌よく過ごすことが促されます。

 

 ご機嫌な子どもたちのために、ご機嫌な大人たちでありたいものです。

026年4月号

 

『出会いの春、人生の春』

 

 新年度が始まり、今年も新しい子どもたちがやってきました。みなさんご存知のように認可保育所は園児を選ぶことはできません。決めるのはお役所。東久留米市の保育幼稚園課(今年度から名前が変わりました)から、滝山しおん保育園に入園する子どものリストが送られてきます。どのような審査があったのかは、保護者にも保育園にも知らされません。

 

 しかし、新年度が始まると新入園児や保護者にとって、滝山しおん保育園が自分の保育園。そして保育士、職員にとっても新しい子どもたちは私たちの園児です。

 

 とても不思議な出会いです。慣れ保育が終わり、少しずつ新しい園児も保護者たちも、新しい職員も、滝山しおん保育園という大きな家族の一員となっていきます。血の繋がった家族ではありませんが、一つの運命共同体のような大きな船に乗り込むような感じでしょうか。

 

 日本では4月に新年度が始まりますが、新しい出会いが春であるということは、とても素晴らしいことだと私は感じています。欧米のように長い夏休みの後、秋に年度が始まるのとは、気分もずいぶん違うものです。

 

 人生を四季の巡りと重ねてみると、生まれてから成人するまでの時期は人生の「春」、その後の40代前半くらいまでが人生の「夏」、60歳くらいまでが人生の「秋」、その後の時期が人生の「冬」といえるかと思います。芽が出てどんどんと葉を広げ、成長していくのが春、子ども時代です。その後は社会や外へ向かって花を咲かせ、活発に活動していくのが人生の夏。自分の人生や社会の中で実が熟し、何らかの成果を上げていくのが秋。そして紅葉した葉や種は母なる大地へと帰って行き、次の準備を始めるのが冬という感じです。

 

 この春の新しい出会いは、単なる偶然ではなく、滝山しおん保育園という場で出会う必要があるからこその出会いではないかと思います。子どもも大人も完璧な人間ではありません。共に生活していく中でいろいろなことは起こります。しかし体験したこと経験したことが学びとなって、子どもたちがその子らしく成長していけるように、人生の春を生きる子どもたちに寄り添っていきたいと思います。そして私たち大人も既に完成した人間ではなく、発展途上の人間として、学び、成長し続けていけたらと思います。私たちが成長するチャンスを与えてくれるのが子どもたちです。今年度もどうぞよろしくお願いいたします。

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