吉良 創園長おたより
滝山しおん保育で毎月発行している園だよりに掲載された記事です。
過去の記事
2025年10月号
『事実と真実』
最近、友人や知人とのやり取りの中で、全く別の文脈の中で何度か耳にした言葉があります。言い回しはそれぞれ違いましたが、内容は以下のようなものです。
「真実は無数にある。人の数だけある。でも事実は一つだけ。」
以前にも聞いたことがありましたし、その通りだなとよく思い出す言葉です。ネットで調べてみると、大学生が難解な事件を解決していく大ヒットしたドラマの主人公の台詞にあって、それで有名なったとのことです。そう、映画化もされたあのドラマです。
人間と関わるいろいろなことに、広く当てはまる言葉だと思います。例えば、美術館にある有名な絵。その前で皆足を止め、しばしその絵を見ます。今までに何人の人がその絵を見たのかは計り知れません。
絵の場合、基本絵自身が変化していくことはないので、その絵がその美術館に展示されていて、そこを訪れた人が同じ絵を見たということは「事実」と言えると思います。しかし、その絵を見て何を感じるか考えるかは人それぞれです。その絵の色や構図など絵そのものを見る人、その画家のその絵に対する考えや思いを感じる人、美術史の観点からその画家やその作品の重要性に思いを馳せる人、なんかこんなに小さい絵だったたんだ、もっと期待をしていたのにと感じる人、自分が実際に宝物を見たということに喜びを感じる人、写真を撮ったりしてSNSにアップする人、ミュージアムショップでその絵のポストカードを購入する人などなど、これらはその人にとっての「真実」と言えるかもしれません。あるいはその絵を見る前と後の自分とその絵との関わりも、その人にとっての「真実」なのでしょう。その絵をおじいちゃんが好きだった、その絵を見ることで悲しみや苦しみなどの自分の感情に変化があった、自分の未来に関わる変化が生まれたなどなど。
子育てや保育だけでなく、人間と関わるとき、実際に生じた「事実」だけでなく、その人にとっての「真実」に耳を傾けることはとても大切なこと。子どもも含め他人の行為などに対して「それは間違っている」「こうするほうがいい」「こうするべきだ」などと、私たちは自分の「真実」を他の人に押し付けようとすることをしてしまいます。
子育てや保育では、「事実」にふさわしい「真実」を子どもたちが持てるように導いていく必要があります。その際とても大切なのは、「事実」しっかりと認識すること。「事実」には善悪はありません。起こったこと、今の状態などの「そのもの」を、先入観や主観なしで観察し受け入れることが大切です。
ただ現在の社会の中では、私たちが「事実」だと思い込んでいるものの多くは、マスコミやネットを含むメディアから得た情報です。マスメディアが伝えることはマスメディア側の「真実」であって「事実」かどうかわかりません。それが「事実」どうかを見極めていく「目」、「感覚」を私たちがしっかりと保つこと、子どもたちに育てていくことはとても大切だと思います。